ガキ使い:ココリコ遠藤、結婚を機に愛人関係を清算
■マック赤坂の政見放送政治うんぬんよりネット見て宣伝になると思ったんじゃないかなぁ■動くなきめぇwwwww GJwだがきめぇw
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ガキ使い:ココリコ遠藤、結婚を機に愛人関係を清算
Endo's Breaking ups with Lovers (1of3)
Endo's Breaking ups with Lovers (1of3)
遠藤 章造(えんどう しょうぞう、1971年7月13日 - )は、お笑いコンビ・ココリコのメンバーで、ツッコミ担当。相方は田中直樹。所属事務所は吉本興業。大阪府豊中市出身。血液型はO型。藤井学園寒川高等学校卒。妻は、タレントの千秋。かに座。義妹がいる。結婚の前後から眉毛をいじったり顎ひげをたくわえるようになり、お笑い界きってのイケメンと言われるようになった。が、かつては意外にぽっちゃりしたタプンタプンの体型(本人も「ラ・フランス」の様な体型だと自虐的に言っていた)、いわゆる”隠れ肥満”だった。そこで「いきなり!黄金伝説。」の企画で肉体改造を行い、体型を引き締めた。現在は多少ましにはなったが、決して引き締まっている訳ではなく、相変わらずタプンタプンの体型である。
自他共に認めるナルシストであり、自身のレギュラー番組で「(ナルシスト)でなければ芸人があごひげなど生やさない」と公言したことがある。
バラエティ番組の仕切りをこなす一方、ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!のキャラクターである、「ホホホイ」や「ダイナマイト四国」などのギャグが大人気に。ビートたけしのモノマネが得意だが、「ガキの使い」ではなぜかブリーフ一丁でマネをする。
性に関してあらゆる興味を持つ、芸能界屈指のド変態・ドMである。独身時代、性感マッサージで店員に「自分の喘ぎ声をみんなに聞かせたいから、窓を開けてくれ」と頼んだという逸話も残っている。また風俗嬢に「遠藤君は本当に全身性感帯ね〜」と感心されたという。
友人が多く、携帯電話の登録人数は500人近くいる。特に元極楽とんぼの山本圭一とは公私共に仲が良く、軍団山本という組織に属しており、そこではロンドンブーツ1号2号の田村淳と共に運営役を務めている。独身時代に同じマンション、しかも1階違いの同じ部屋に住んでいた。またベッドの枕元にはお互いの写真をそれぞれ飾っていたという。酔った山本が、もし自分が肉体を求めたらどうするとの問いに「僕…山さんやったら…いいです」と答えている。気を使っての発言か本心は不明だが、その要求には応じるようだ。
ところが2006年7月に山本は淫行事件により吉本を解雇された。遠藤は山本に関して公のコメントを出していなかったが、2007年4月21日、TBSラジオJUNK2加藤浩次の吠え魂に出演した際、現在の山本との関係を聞かれ、昨年の9月頃から連絡を取り、今でも連絡しあう関係は続いていると、事件後初めて語った。
野球が上手く高校時代はプロ(中日、広島)からのスカウトもあったという。高校進学時に11の名門校からスカウトが来たが高校野球激戦区の大阪を避け、香川県の高校に進学。しかし、スカウトを受けた高校のうち、自分が選んだ高校だけが3年間で甲子園の土を踏めなかった。ちなみに当時尽誠学園の谷佳知選手に最後の打席でファインプレーをされてプロ野球の夢をあきらめた。伊良部秀輝選手とも対戦経験がある。またガキの使いで、松本が150km/hの球を打つという企画のなかで、松本を肩車しながら150km/hの球を打った。プロ野球の阪神タイガースファン。ダンカンや松村邦洋らで構成する「中野猛虎会」の一員である。SHINJOとは阪神タイガース時代からの親友。
妻は同い年の千秋。2002年に結婚した。関西ローカルの深夜番組「ココリコ海上火災」(毎日放送)での共演がきっかけで、同じ阪神タイガースファンであるなど共通点も数多い。プロポーズの言葉は「お前と一緒なら、お爺ちゃんお婆ちゃんになっても楽しく過ごせる気がする」だったとか。ちなみに遠藤が東京に来て初めて生で見た芸能人は千秋だった。結婚後は妻と共演するケースは皆無だったが、2005年10月12日放送の「ココリコミラクルタイプSP」では、遠藤に内緒で千秋がサプライズゲストとして乱入。貴重な共演シーンや交際するに至ってのエピソードが見られた。また2006年12月31日放送の「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! 大晦日年越しスペシャル・絶対に笑ってはいけない警察24時!!」では罰ゲーム中、午前10時の時報VTRに出演。このVTRの中で千秋が遠藤を「おにい」と呼んでいた。「おにい」は交際中からの呼び名で(「お兄ちゃん」ではなく芸人用語でいう「兄さん」的な意味合いらしい)、現在も家では「おにい」と呼ばれているとか(因みに千秋は、それまで対外的には「“遠藤くん”と呼んでいる」と話していた)。
ダウンタウンの中では「浜田ファミリー」に属す。浜田からは「章造」と呼ばれて(但しテレビでは「遠藤」と呼ばれている)可愛がられており、毎年正月には、浜田一家らとグアムに旅行している。
世間のイメージとは違って意外と天然キャラであり、アルファベットが全て言えないらしい。「R(アール)」のところを「アンド」と言っている。英語はハローとサンキューしか言えず、まったく話せないと千秋が語っていた。そのため海外旅行の時は一切英語を話さず会話は全て千秋任せらしい。漢字も苦手で、「動悸(どうき)」を読めなかったり、「解毒(げどく)」を「かいどく」、「泥酔(でいすい)」を「どろよい」、「率先(そっせん)」を「りっせん」、「流石(さすが)」を「りゅうせき」と読むなど、誤読の数々は枚挙に暇がない(「老若男女(ろうにゃくなんにょ)」は辛うじて読めた)。「遠山の金さん」を「東山の金さん」と書いた事もある。あと、加藤浩次と焼肉を食べに行った際、焼肉の焼き方で「ウェルダン」を「ウェルカム」と言ったことがある。
ロンドンブーツ1号2号の田村淳と温泉旅行に行ったことがあり、2人が温泉で体を洗っていた時に田村淳からオシッコをかけられたことがある。
大阪府出身だが、四国の高校に通っていた事から四国出身にされてしまい、「四国が生んだM芸人」と「ガキ使」で言われている。
デビュー当時のエピソード
東京に親戚がいた為、田中と違って売れてない時代も裕福に過ごしていた。
初めは田中とは別に遠藤もネタを書いていたが、田中のネタしか受けてないのが分かり遠藤はネタを書かなくなった。
ココリコ結成当時、既にダウンタウンと面識のあった田中のつてで「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」の楽屋に初めて挨拶にいった時、遠藤は直前にナンパで知り合った女性を伴っていた。これは遠藤にとって今から考えると顔から火が出る様な忘れられないトラウマ的エピソードであるらしく、本人の口から番組等で語られることは無いが、松本人志が番組中に、ココリコがデビュー当時いかに駄目だったかということを語った時に、一つのエピソードとして喋っている。
今でこそイケメン芸人と呼ばれているが、デビュー当時は”漁師顔”と呼ばれるなどルックス的にはパッとしなかった。
デビュー当時、ツッコミという立場ながら滑舌が悪く、現在メインの番組での仕切りぶりからは考えられないダメっぷりであった。そのせいか、ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!に出始めの頃は、ツッコミにもかかわらずボケることによって前に出ようとするが多かったのだが、間が悪く、喋ることも寒かった為、(山崎邦正のように意図的ではなく)天然で寒いキャラとしていじられることが多かった。挙句の果てには松本から「遠藤!お前もう喋るな…」と本気で呆れられる始末である。田中がデビュー当時から、それなりに才能の片鱗を見せていたのに対し、遠藤は田中の足を引っ張っているように見られることが多かった。
そんな遠藤が芸人として変わっていったきっかけは、「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」のオープニングで行われたリットン調査団と前説の座を賭けて対決する企画でのハイテンション対決であった。この時、その後の遠藤の大ヒットギャグ「ホホホイ」が生まれている。尚、これが後のガキの使いオープニングの人気企画となった『ハイテンション ザ・ベストテン』に発展している。そしてその中で、上述にあるみすぼらしいブヨブヨの隠れ肥満である事も判明し、芸人としての魅力が徐々に周囲に浸透していった。
過去のホホホイシリーズ
愛 〜ほほほほーい〜
よし! ハリケーンジェラシー
愛 〜ほほほほーい〜 バンザイコレステロール編
脱・ほほほほーい 2000
たら・れば言うな!
冒険しながら探検しよう
テレビ
バラエティ
BRAVO!(読売テレビ)
夫婦交換バラエティー ラブちぇん(メ〜テレ)
月刊ベースボールTV! (日本テレビ)
サルヂエ(中京テレビ・日本テレビ)※準レギュラー
ココリコ遠藤の有限会社「青天井」(ヨシモトファンダンゴTV)※放送終了
ツッコミ日本代表2006(テレビ東京)
ドラマ
歓迎!ダンジキ御一行様(日本テレビ)2001年10月〜12月
明日があるさ(2001年、日本テレビ)
よい子の味方〜新米保育士物語〜(日本テレビ)2003年1月〜3月
独身3!!(テレビ朝日)2003年10月〜12月
翼の折れた天使たち(フジテレビ)2006年3月
PS -羅生門-(テレビ朝日、安全豊役)2006年7月〜9月
相棒(テレビ朝日)(2007年元日のスペシャル・ゲスト)
ラジオ
ヤングパーク(毎日放送)2004年4月〜2005年9月
ウイキペディアより抜粋
自他共に認めるナルシストであり、自身のレギュラー番組で「(ナルシスト)でなければ芸人があごひげなど生やさない」と公言したことがある。
バラエティ番組の仕切りをこなす一方、ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!のキャラクターである、「ホホホイ」や「ダイナマイト四国」などのギャグが大人気に。ビートたけしのモノマネが得意だが、「ガキの使い」ではなぜかブリーフ一丁でマネをする。
性に関してあらゆる興味を持つ、芸能界屈指のド変態・ドMである。独身時代、性感マッサージで店員に「自分の喘ぎ声をみんなに聞かせたいから、窓を開けてくれ」と頼んだという逸話も残っている。また風俗嬢に「遠藤君は本当に全身性感帯ね〜」と感心されたという。
友人が多く、携帯電話の登録人数は500人近くいる。特に元極楽とんぼの山本圭一とは公私共に仲が良く、軍団山本という組織に属しており、そこではロンドンブーツ1号2号の田村淳と共に運営役を務めている。独身時代に同じマンション、しかも1階違いの同じ部屋に住んでいた。またベッドの枕元にはお互いの写真をそれぞれ飾っていたという。酔った山本が、もし自分が肉体を求めたらどうするとの問いに「僕…山さんやったら…いいです」と答えている。気を使っての発言か本心は不明だが、その要求には応じるようだ。
ところが2006年7月に山本は淫行事件により吉本を解雇された。遠藤は山本に関して公のコメントを出していなかったが、2007年4月21日、TBSラジオJUNK2加藤浩次の吠え魂に出演した際、現在の山本との関係を聞かれ、昨年の9月頃から連絡を取り、今でも連絡しあう関係は続いていると、事件後初めて語った。
野球が上手く高校時代はプロ(中日、広島)からのスカウトもあったという。高校進学時に11の名門校からスカウトが来たが高校野球激戦区の大阪を避け、香川県の高校に進学。しかし、スカウトを受けた高校のうち、自分が選んだ高校だけが3年間で甲子園の土を踏めなかった。ちなみに当時尽誠学園の谷佳知選手に最後の打席でファインプレーをされてプロ野球の夢をあきらめた。伊良部秀輝選手とも対戦経験がある。またガキの使いで、松本が150km/hの球を打つという企画のなかで、松本を肩車しながら150km/hの球を打った。プロ野球の阪神タイガースファン。ダンカンや松村邦洋らで構成する「中野猛虎会」の一員である。SHINJOとは阪神タイガース時代からの親友。
妻は同い年の千秋。2002年に結婚した。関西ローカルの深夜番組「ココリコ海上火災」(毎日放送)での共演がきっかけで、同じ阪神タイガースファンであるなど共通点も数多い。プロポーズの言葉は「お前と一緒なら、お爺ちゃんお婆ちゃんになっても楽しく過ごせる気がする」だったとか。ちなみに遠藤が東京に来て初めて生で見た芸能人は千秋だった。結婚後は妻と共演するケースは皆無だったが、2005年10月12日放送の「ココリコミラクルタイプSP」では、遠藤に内緒で千秋がサプライズゲストとして乱入。貴重な共演シーンや交際するに至ってのエピソードが見られた。また2006年12月31日放送の「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! 大晦日年越しスペシャル・絶対に笑ってはいけない警察24時!!」では罰ゲーム中、午前10時の時報VTRに出演。このVTRの中で千秋が遠藤を「おにい」と呼んでいた。「おにい」は交際中からの呼び名で(「お兄ちゃん」ではなく芸人用語でいう「兄さん」的な意味合いらしい)、現在も家では「おにい」と呼ばれているとか(因みに千秋は、それまで対外的には「“遠藤くん”と呼んでいる」と話していた)。
ダウンタウンの中では「浜田ファミリー」に属す。浜田からは「章造」と呼ばれて(但しテレビでは「遠藤」と呼ばれている)可愛がられており、毎年正月には、浜田一家らとグアムに旅行している。
世間のイメージとは違って意外と天然キャラであり、アルファベットが全て言えないらしい。「R(アール)」のところを「アンド」と言っている。英語はハローとサンキューしか言えず、まったく話せないと千秋が語っていた。そのため海外旅行の時は一切英語を話さず会話は全て千秋任せらしい。漢字も苦手で、「動悸(どうき)」を読めなかったり、「解毒(げどく)」を「かいどく」、「泥酔(でいすい)」を「どろよい」、「率先(そっせん)」を「りっせん」、「流石(さすが)」を「りゅうせき」と読むなど、誤読の数々は枚挙に暇がない(「老若男女(ろうにゃくなんにょ)」は辛うじて読めた)。「遠山の金さん」を「東山の金さん」と書いた事もある。あと、加藤浩次と焼肉を食べに行った際、焼肉の焼き方で「ウェルダン」を「ウェルカム」と言ったことがある。
ロンドンブーツ1号2号の田村淳と温泉旅行に行ったことがあり、2人が温泉で体を洗っていた時に田村淳からオシッコをかけられたことがある。
大阪府出身だが、四国の高校に通っていた事から四国出身にされてしまい、「四国が生んだM芸人」と「ガキ使」で言われている。
デビュー当時のエピソード
東京に親戚がいた為、田中と違って売れてない時代も裕福に過ごしていた。
初めは田中とは別に遠藤もネタを書いていたが、田中のネタしか受けてないのが分かり遠藤はネタを書かなくなった。
ココリコ結成当時、既にダウンタウンと面識のあった田中のつてで「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」の楽屋に初めて挨拶にいった時、遠藤は直前にナンパで知り合った女性を伴っていた。これは遠藤にとって今から考えると顔から火が出る様な忘れられないトラウマ的エピソードであるらしく、本人の口から番組等で語られることは無いが、松本人志が番組中に、ココリコがデビュー当時いかに駄目だったかということを語った時に、一つのエピソードとして喋っている。
今でこそイケメン芸人と呼ばれているが、デビュー当時は”漁師顔”と呼ばれるなどルックス的にはパッとしなかった。
デビュー当時、ツッコミという立場ながら滑舌が悪く、現在メインの番組での仕切りぶりからは考えられないダメっぷりであった。そのせいか、ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!に出始めの頃は、ツッコミにもかかわらずボケることによって前に出ようとするが多かったのだが、間が悪く、喋ることも寒かった為、(山崎邦正のように意図的ではなく)天然で寒いキャラとしていじられることが多かった。挙句の果てには松本から「遠藤!お前もう喋るな…」と本気で呆れられる始末である。田中がデビュー当時から、それなりに才能の片鱗を見せていたのに対し、遠藤は田中の足を引っ張っているように見られることが多かった。
そんな遠藤が芸人として変わっていったきっかけは、「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」のオープニングで行われたリットン調査団と前説の座を賭けて対決する企画でのハイテンション対決であった。この時、その後の遠藤の大ヒットギャグ「ホホホイ」が生まれている。尚、これが後のガキの使いオープニングの人気企画となった『ハイテンション ザ・ベストテン』に発展している。そしてその中で、上述にあるみすぼらしいブヨブヨの隠れ肥満である事も判明し、芸人としての魅力が徐々に周囲に浸透していった。
過去のホホホイシリーズ
愛 〜ほほほほーい〜
よし! ハリケーンジェラシー
愛 〜ほほほほーい〜 バンザイコレステロール編
脱・ほほほほーい 2000
たら・れば言うな!
冒険しながら探検しよう
テレビ
バラエティ
BRAVO!(読売テレビ)
夫婦交換バラエティー ラブちぇん(メ〜テレ)
月刊ベースボールTV! (日本テレビ)
サルヂエ(中京テレビ・日本テレビ)※準レギュラー
ココリコ遠藤の有限会社「青天井」(ヨシモトファンダンゴTV)※放送終了
ツッコミ日本代表2006(テレビ東京)
ドラマ
歓迎!ダンジキ御一行様(日本テレビ)2001年10月〜12月
明日があるさ(2001年、日本テレビ)
よい子の味方〜新米保育士物語〜(日本テレビ)2003年1月〜3月
独身3!!(テレビ朝日)2003年10月〜12月
翼の折れた天使たち(フジテレビ)2006年3月
PS -羅生門-(テレビ朝日、安全豊役)2006年7月〜9月
相棒(テレビ朝日)(2007年元日のスペシャル・ゲスト)
ラジオ
ヤングパーク(毎日放送)2004年4月〜2005年9月
ウイキペディアより抜粋
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